過去の借金の話(7)-カードの現金化

楽○KCカードを手にした俺は相変わらずの自転車操業だったし、パチスロもやめられなかった。完全にパチンコ屋の養分だ。この頃は番長、アラジン2エボリューション、ジャイアントパルサーをよく打っていた。パチスロが好きというよりは勝ってお金を増やしたいだけだった(増えなかったが)。

末期には手元に1,000円しかなくても、けして使ってはいけないお金しかなくても勝って増やせるかもしれないという思想になっていた。今思うとそういう勝負をして勝ったためしがない。

a0002_011371

私鉄と地下鉄を乗り継いで通勤していたのだが、引っ越した時期の関係で私鉄の分の通勤定期と地下鉄の通勤定期の期間が異なっていた。私鉄分の定期は購入代金を会社から支給されて自分で購入していた。

私鉄の定期代6か月分、いくらだったか記憶にはないが、支給された日の会社帰り地下鉄を降りて駅の定期券売り場に行くはずだったのにパチンコ屋に行き定期代をジャイアントパルサーに突っ込んでしまった。6駅分を歩いて帰った。最寄の駅前に着いたとき、感じの悪かった不動産屋の女の子を見かけたが、顔を見ることが出来ず全力で避けた。その後殺し屋に声を掛けられた気がしたが、気付かない振りをした。

それから数日間、朝は数百円の切符を購入して電車通勤をして、夜は歩いて帰った。ぼろぼろの靴のかかとが減る一方だった。途中で喉が乾きすぎて万引きや窃盗の犯罪者になる一歩手前のぎりぎりの状態になった。実家の母に頭を下げて定期代を借りた。何も聞かないで貸してくれたが、相当心配かけたに違いなかった。借金については何も言えなかった。

金が無くて食べられないのが一番きつかった。家にあった1円玉を20枚集めてうまい棒を2本買ったときは落ちるところまで落ちた気がした。会社帰りに繁華街をふらつきカードの現金化という看板を見つけては何度も入りそうになったが、そのたびに嫌な予感がして入ることは無かった。相手にされないか、食い物にされるか、どっちかだと思う。

楽○KCカード以外の4枚は既に止められていて返済のみを出来るようになっている。遅れながらではあるが少しづつ返していて各カードの残債は50万円よりかは若干減っているという状況だ。まったく明るい展望はなかった。

にほんブログ村 為替ブログ 豪ドルへ
スポンサーリンク
スポンサーリンク
スポンサーリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする