過去の借金の話(9)-終わりにしたかった

月々の借金の返済額がさらに増えた。ひと月遅れがふた月遅れの返済になり、家賃の支払もさらに遅れた。督促電話が増えたけどやっぱり全てを無視していた。キャッシングと年2回のボーナスだけが生命線だった。とにかく楽になりたかった。債務の一本化を図るため、ある日東京スタ○銀行の借金のおまとめ的な商品に申し込んだが、審査に落ちた。家に帰るとポストには電報。不吉な予感がした。いまどき電報って!?何らかの不幸でもあったのかと思ったが、「連絡を下さい・・・」みたいな内容のサラ金会社からの連絡だった。

給料日にはサラ金ビルを梯子してやばいところから順番に返済していた。そういう生活も限界に近付いていた。アパートの管理会社から実家に連絡がいった。プロミ○から会社に連絡が入った。「一度事務所まで来て下さい。話し合いましょう」って言われた。バカだった俺は会社にまで電話されたことに腹を立てながらその事務所に話し合いに行った。グレー金利を法定金利まで引き下げるということと毎月の返済額を減らすという話だった。金利をさげるという話しは過払金請求が増えていたからだろう。徐々に追い詰められていた。

次の週末俺はレイ○にカードの申し込みをした。結果は審査に落ちてしまった。終わりが近付いていることを悟った。もう何年も借金と利息を返済するために仕事をしているようなもので疲れ切っていた。もう楽になりたかった。次のボーナスが入ったタイミングで実家に帰ろうと決意した。

あの感じの悪い女の子が紹介してくれた思い出とゴミがいっぱい詰まったこの部屋ともあと少しでお別れだ。4、5年住んだだけなのにひどく汚してしまった。実家に帰れば借金を返済しながらでもやっていけるだろうか?本当は1人で気楽に暮らしていきたかったのだけれども仕方が無かった。

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ゴミを処分するのは大変気の重い作業だった。45リットルのごみ袋何10袋も捨てた。ペットボトルや空き缶はボストンバッグに入れてスーパーのゴミ箱にすてに行った。何度も何度も。ゴミを全部捨てるのにひと月はかかった。そしてボーナスが入り引っ越しの日、軽トラックをレンタルし冷蔵庫、洗濯機、電子レンジなどの大物を始め全ての荷物を運び出した。キッチン、風呂、洗面所、トイレ、洋室全て掃除し土曜日引き渡した。これで家賃、光熱費などの負担が無くなり月々の支払がだいぶ楽になるはずだ。こうして俺は借金返済の実質的なスタートラインに立った。

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