過去の借金の話(15)-エア出勤からニートへ

仕事を辞めたことをなかなか家族に言い出せず、一週間スーツを着て出かけた。当てもなく街を彷徨い歩いた。仕事からの解放感と全てのしがらみを断ち切った自由とこれからどうなるかという不安を抱えながら。朝からやってる飲み屋でビールを飲んだりした。それはそれで気持よかったが、朝早くだとそういうところか喫茶店やチェーン店の牛丼屋くらいしか開いてなかった。時間を潰すのが大変だった。その後、デパートへ行ったり、でかい本屋に行ったり、公園にいったり、やはり時間を潰すのが大変だった。しょうがないから歩きまくって運動してやろうと思って、都内を歩き回った。新宿からお茶の水に行ったり、お茶の水から日本橋に行ったり、借金を抱えながら仕事を辞めた不安を紛らわすには歩くしかなかった。

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当時なんでも相談出来るような人間関係を築けなかったのが一番の失敗だったと今は思う。俺も悪かったが、人に相談することがまったく出来ないタイプの人間だった。相談しないからひとりで悩んで悪い方へどんどん行ってしまうんだろうと今になってわかる。

エア出勤を重ねた一週間を経て俺は晴れてニートとなった。ちょうど二百万円くらいの現金はあったが、当面の資金が減るのが怖くて借金の一括返済は出来なかった。毎月返済を続けながら新しい仕事を探すまでの資金にしようと考えた。同時に少しでも収入を得る必要性を感じて、ハローワークに通って仕事を探す一方、アフィリエイトやポイントサイト、FXなどいろいろやり始めた。

アフィリエイトは一時期かなり力を入れて取り組んだ。資格のサイトをつくったり、WebAPIを使ったアマゾン、楽天、ヤフーなどの商品を横断検索できるような物販サイトや画像検索サイトなど作成した。センスが無いのか頑張る方向を間違えたのか、アフィリエイトの成果は全然出せなかった。WebAPIを使うような自動生成サイトは、最初こそグーグルにどんどんインデックスされていき、ちらほら売れ出してさーこれから!っていうときに、決まってグーグルからインデックスを削除されていった。得意分野であるはずのアダルトにも手を出してみたが、俺には合わないみたいでだんだん嫌になって辞めた。

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このころ始めてFXに手を出した。100万円の資金を口座に入れて、主にドル円での取引を行っていた。スタイル的にはスキャルピングとデイトレードだった。一日10ピピ抜き続ければ複利の力で凄い増えそうな気がした。しかし一日10ピピは簡単そうに思えて簡単ではなかった。ある日思いとは逆の円高方向へと動き始めたドル円の値動きが止まらなくなったが損切り出来ずにいた。俺は損切りせずに日本政府や日銀が介入してくれることを祈っていた。しかし当時の財務大臣は介入に否定的だった。俺は100万円が無くなっていくのをただ見守ることしか出来なかった。ショックのあまり頭の中にUSAコールが鳴り響いた。

ハローワークで仕事を探しながらも、どんな仕事が出来るのかもわからず途方に暮れていた。アフィリエイトを続けながら猶予は残りの100万円と3カ月の失業給付しかなかった。それまでに仕事を探さないといけなかったが、すっかり自信を失っていた俺は何も出来る気がしなかった。

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